「傷ついてはいけない」メガネを外すとき。
たくさんのご相談をお聴きする中で、
以前の私と同じように、「傷つきたくない」と強く感じている方が、とても多いことに気づきます。
誰かに否定されたくない。
嫌われたくない。
期待を裏切りたくない。
失敗して、恥ずかしい思いをしたくない。
だって傷つくから・・・
そんな気持ちから、自分でも気づかないうちに、心を守ることを最優先にしていることがあります。
以前の私も、まさにそうでした。
その思いがとても強かったと思います。
私はずっと、「私は傷ついてはいけない」
というメガネをかけて、世界を見ていたんです。
だから、傷つかないように
先回りして考えたり、
相手に何かを言われる前に、自分から引いたり、
本当は嫌なのに笑って受け流したりしていました。
人の顔色を見て、相手が望んでいそうなことを優先する。
空気を悪くしないように、自分の気持ちは後回しにする。
何か問題が起きそうになると、すぐに自分を防衛する。
そうやって生きることが、自分を守る方法だと思っていたのです。
けれど、傷つかないように頑張れば頑張るほど、
少しずつ、自分の本当の気持ちから遠ざかっていって、
それが、しんどさや、つらさとして心を重たくしていく感覚。
私は本当はどうしたいんだろう?
何が悲しかったのかな?
何を我慢しているのだろう?
そう聞かれても、すぐには答えられませんでした。
傷つかないことに一生懸命で、
自分の心の声を聴く余裕がなくなってしまっていたり、
気づいた時には、自分の心の声に耳を傾ける習慣がなくなっていました。

でも今は、傷つくことに対して、違う見方ができるようになっています。
もちろん、傷つく、その瞬間はつらいもので、
できることなら、傷つかずに過ごしたいと思うのは
とても自然なことだと思います。
ただ、傷つくことがあるからこそ、
人のやさしさが深く心に染みることもあります。
何気なくかけてもらった言葉に救われたり、
黙ってそばにいてくれる人の存在に気づいたり、
当たり前だと思っていた日常の小さな喜びを感じられたりします。
傷ついた経験があるからこそ、
同じように苦しんでいる人の痛みを、素早く想像できることも出来ることがあります。
傷つくことは、私たちを弱くするだけではなく
ときには、自分にとって本当に大切なものや、
これ以上我慢したくないことを教えてくれていたりします。
だから、傷つかない人生を目指すことよりも、
傷ついたときに、自分を置き去りにしないことが大切なのだと思うようになりました。
「悲しかったね」
「本当は嫌だったんだね」
そんなふうに、傷ついた自分の声を聴いてあげる。
無理に元気になろうとしなくてもいい。
すぐに意味を見つけなくてもいい。
前向きに考えられない日があってもいい。
傷ついた自分を受け入れ、
少しずつ今の自分に戻ってこられること。
それが、心を育てていくことなのかもしれません。
「傷ついても、いいのかもしれない」
「むしろ、傷つく経験から気づくことがあって、感謝だな」
私がそう思えるようになったのは、
実はカウンセラーになってから、ずいぶん経ってからでした
カウンセラーだから、いつも自分の心を上手に扱えるわけではありません。
傷つくこともありますし、落ち込むことも、迷うこともあります。
けれど以前とは違い、
傷ついた自分を責めたり、無理に消そうとしたりするのではなく、
「今、私は傷ついているんだな」と気づいて
その気持ちと一緒にいる時間を持てるようになりました。
そして、新しい思考が生まれてきて、自分を楽にすることが出来ています。
傷つかないように生きようとすると、
挑戦することが怖くなるかもしれません。
誰かに本音を伝えることも、
人を信じることも、
新しい場所に踏み出すことも、難しくなることがあります。
本当はやってみたいのに、
傷つく可能性を避けるために、最初から諦めてしまう。
そんなふうに、自分の人生を小さくしてしまうこともあります。
傷つくことを怖がらなくていい、
ということではなく、
怖いと感じる自分も、そのままで大丈夫です。
大切なのは、傷ついた自分をひとりにしないこと。
誰かに分かってもらえなかったときも、
自分だけは自分の気持ちを見捨てないこと。
もし今、傷つかないように頑張りすぎているかもしれない。
と、感じている方がいたら、少しだけ立ち止まってみてください。
誰かの期待に応えることよりも先に、
自分は今、何を感じているのか。
本当は何が悲しくて、
何を怖がっていて、
どうしてほしかったのか。
答えがすぐに出なくても大丈夫です。
静かに呼吸をして、
温かい飲み物を飲んだり、
ノートに気持ちを書いてみたりしながら、
自分の心に戻る時間を持ってくださいね。
これ以上、自分が自分を傷つけなくていい。
傷ついた自分のそばに、
自分自身がいてあげてくださいね

