罪悪感を持ち続けなくても、誠実でいられるんです
私たちは、人生の中で,本当にいろいろな経験をしますよね。
そんな中で、
「あんなことしなければよかった」
「もっと違う選択をすればよかった」
「私のせいだったのかもしれない」
と、あとから何度も思い返してしまうことってありませんか?
私にも、子どもの頃からいろいろな罪悪感がありました。
小さい頃、投げた石が当たってカエルを死なせてしまったこと。
失敗して物を壊してしまい、親に言えずにいたこと。
今思えば、子どもらしい出来事だったなと思うこともありますが、その時は純粋に
「悪いことをした」
「ごめんなさい」
という気持ちがあったように思います。
子どもの頃の罪悪感って、案外シンプルなのかもしれません。
でも、そんな小さな「悪かった、ごめんなさい」という気持ちが、
気づかないうちに少しずつ心に積み重なっていくこともあるんですよね。
そして、大人になるにつれて、罪悪感は少しずつ複雑になっていくことがあります。
特に、家族や友人など、自分にとって大切な人とのことほど、
「もっとしてあげればよかった」
「あんなこと言わなければよかった」
「私がもっとちゃんとしていれば…」
と、何度も振り返ってしまうことがあって…
大切な人だからこそ、
ちゃんとしたかったし、傷つけたくなかった。
だからこそ、その思いを長く抱えてしまうこともあるんですよね。
でも、その苦しさの中には、
「もっとちゃんとできたはず」
という、自分への期待や、正しくありたかった思いが隠れていることもあるのかもしれません。
実際には、その時の自分にも分からなかったことがあったり、余裕がなかったり、その時なりに精一杯選んでいたこともあるのに…
それでも今の自分から過去を振り返っては、
「もっとできたはずなのに、私が悪かった」
と、自分を責め続けてしまう。
もしかすると、罪悪感がしんどくなるのは、
出来事そのものだけではなくて、
今の自分が、過去の自分をずっと責め続けているから、ということもあるのかもしれません。
そして、
相手を悲しませたのは私
うまくいかなかったのは私のせい
と、本当は自分だけでは背負えないことまで、
自分の責任にしてしまうこともあります。
相手の気持ち
相手の選択
その時の状況
そこまで全部、自分の責任なのでしょうか。
自分が悪かったなと思うことがあるなら、反省することは大切です。
でも、反省することと、
自分を責め続けることは同じではありません。
気づいたことがあるなら、次にどうするかを考える。
謝りたいことがあるなら謝る。
できることがあるなら行動する。
でも、そのあとまでずっと
「私がダメだった」
と、自分を罰し続けなくてもいいと思うんです。
そしてもう一つ。
罪悪感を持ち続けていることで、
「私はちゃんと反省している」
「私は冷たい人ではない」
「私は相手を大切に思っている」
そんなふうに、自分の誠実さを確かめていることもあるのかもしれません。
だから、
罪悪感を手放すことが、
無責任になることや、相手を大切にしていないこと
のように感じてしまうこともあります。
自分にできたこと。
できなかったこと。
自分の責任。
相手の責任。
そこを少しずつ分けて見ていくこと。
そして、
あの時の自分には、あの時の事情があった
と理解していくこと。
罪悪感をなくそうとするよりも、
自分が何を背負いすぎているのかに気づいていく。
もし、罪悪感を持ち続けていることで、
「私は誠実でいられている」と、どこかで感じているのだとしたら…

誠実でいることと、罪悪感で苦しみ続けることは同じではない
そんなふうに、自分の罪悪感を少し違う角度から見てみてもいいのかもしれませんね

